京西清談は、私が東京の世田谷に住んでいるからと、気持ちが癒される、あるいは、”ほっ”とする話題を提供したいからです。
 
新刊情報「マゼラン船団世界一周500年目の真実:大航海時代とアジア」

新刊情報「マゼラン船団世界一周500年目の真実:大航海時代とアジア」

私の大学時代からの友人、大野拓司君が上梓した新刊書「マゼラン船団世界一周500年目の真実:大航海時代とアジア」(出版社‏:‎ 作品社、2023/11/2出版、2,700円税別)は、興味ある内容ですので紹介させていただきます。大野君は元朝日新聞記者でフィリピン駐在の経験があります。そんな経験をもつ大野君が執筆した本です。

本題に入ります。この本は(1)フィリピンに到着するまでのマゼラン船団の航跡と乗組員の苦労、(2)フィリピンの人々の観点から見たマゼラン船団とその影響(西洋の論理)を史実に基づいて詳らかに解説しています。

(1) フィリピンに到着するまでのマゼラン船団の航跡と乗組員の苦労

マゼラン船団は1519年8月10日スペインのセビリアから出帆し、1521年フィリピンに上陸し、1522年セビリアに戻ります。これは偉業です。マゼラン船団が今まで誰にも遂げられなかった世界周航を果たしたのです。かなり前ですがポルトガルを訪問した時のことを思い出しました。ポルトガルの人々にとつて、大航海時代そしてエンリケ航海王子の存在は今でも忘れられない存在であることを得意気に話していたことを思い出しました。財力を海外遠征の資金に用いたエンリケ航海王子は、積極的にアフリカ沿岸の探検を推し進めました。更にポルトガルは南下して東回りでアフリカ最南端の喜望峰からインドに通じる海路を見つけます。ポルトガルに遅れて、スペインが海洋進出を始めました。スペインの海洋進出の先駆けとなったのがマゼラン船団です。向かった方向はポルトガルとは逆で西回りでした。その結果、南アメリカの最南端から太平洋に通じる海路をマゼラン船団は見つけます。これは、当に命がけの冒険であったことがわかります。動力は風力のみ、航海気象サービス無し、航海ナビゲーション無し、船には生鮮野菜無しの劣悪な状況で航海していた当時は、海難事故や病気で多くの船員が命を落としています。それらの難局をなんとか乗り越えたマゼラン船団の世界周航は偉業であることが本書の行間から伝わってきます。

2)フィリピンの人々の観点から見たマゼラン船団とその影響

スペインは植民地としたフィリピンで調達した多くの品物を運ぶため1565年頃からガレオン船(3本マスト、500〜600トン、積載量重視でスピードが出ない)を使ってメキシコ(スペインの植民地)のアカプルコとの間の貿易を開始しました。この貿易は250年近く続きます。この250年間のフィリピンの政治、経済について、本書は詳らかに説明しています。すこしわき道にそれます。当時のガレオン船は帆船です。「帆船で太平洋を往復するって命がけだなぁ」と思いましたし、事実多くのガレオン船は沈んでいます。日本では夏は南風が吹き、冬は北風が吹きます。更に冬は風が強く、寒さが厳しいです。冬の日本で帆船を走らすことはかなり危険です。フィリピン・メキシコ間の場合、フィリピン行は順風ですが、メキシコ行は逆風になります。性能のよくないガレオン船でのメキシコ行は日本の冬の海を航行する帆船と同様です。

本書は大変読みやすい文体で書かれています。更にたくさんの挿絵が入っています。「さすが元敏腕新聞記者のまとめる書籍って違うなぁ!」との思いをさせる本です。本書は冒険好きの人、海が好きな人、フィリピンを良く知りたい人にお薦めです。参考になれば幸いです。

コメントを残す