コロナ禍の今、私益と公益について考える(その2)

新型コロナウイルス感染拡大に伴う一律10万円の特別定額給付金の関心が集まるなか、はからずもマイナンバー、マイナンバーカードへの注目が高まっています。

マイナンバーは日本に住民票を有するすべての人に、国が決めて通知した12桁の番号です。12桁の番号は原則として生涯同じ番号です。マイナンバーカードはマイナンバーの通知を受けた個人の申請により発行されるプラスチックカードです。しかし、非常に手続きが面倒くさいです。交付開始から4年以上経った2020年6月1日時点で、発行された枚数は2135万枚。国内の全住民で割った取得率は約17%で、6人に1人程度しか持っていない計算になります。こうした中、普及を進めようと総務省がキャッシュレス決済事業者と連携し、マイナンバーカード保有者を対象にポイント還元を行います。「マイナポイント事業」と呼ばれるもので、2020年9月から2021年3月末までの7か月限定で実施されます。還元率は25%、20,000円分の買い物での利用・チャージに対し1人あたり5,000ポイント(5,000円相当)が付与されます。別の言い方をすれば、5,000円のために面倒くさい申請手続きが求められます。

マイナンバー導入(2016年1月より施行)の際言われたことは、「便利な暮らし、より良い社会を目指すにあたってマイナンバーが必要となる」でした。しかし、施行から4年経った今、我々の肌感覚としてマイナンバー、マイナンバーカードの必要性が強く感じられません。”何故・・でしょうか?”

この点について、私が米国に7年間住んだ経験を踏まえて議論したいです。

米国の社会保障番号(Social Security number、略してSSN)はdefacto National Identification Number(事実上の国民ID)です。SSNは誰でも取得できる訳ではありません。原則、アメリカ市民あるいは、就労許可を持つ移民のみ申請することで取得できます。

それから、補足すればアメリカには日本のようなマイナンバーカードはありません。

SSNが無いと銀行口座が開設できません(日本はマイナンバーの提示がなくても銀行口座の開設は可能です)。SSNが無いと銀行口座が開設できないが日米の大きな彼我の差を生み出していると考えます。私見ですが、マイナンバーの最大の欠陥は、「マイナンバーの番号呈示が無いと銀行口座が開設できない」の条項がないことです。

さらにSSNが求められるのは、政府機関だけではありません。利用場面としては、次のようなものがあります。

  • 証券取引口座の開設にSSNの告知が必要
  • 納税申告や納税証明書、税務関連書類の提出時には、SSNを記載
  • 扶養家族または配偶者控除を申告する場合は、所得税申告書に、控除家族や配偶者のSSNを記載
  • 就職、クレジットカード取得などでも、SSNが必要
  • 運転免許証や車両登録の取得の際にもSSNが必要
  • アパート賃貸契約時・不動産購入契約時には、SSNが求められる
  • 医療保険加入時、治療の時などでも、SSNが求められる
  • 学校入学時にも、SSNが求められる

米国では”SSNがないとまともな市民生活がすることが出来ない”、”SSNの無い人は不法移民と推定される”です。米国では「普通の市民生活をするにはSSN取得が必至である」になります。日本のマイナンバーのキャッフレーズ「便利な暮らし、よりよい社会を目指すにあたってマイナンバーが必要となる」は都合の良い事ばかり言って、国民には義務があるという重要なメッセージが入っていません。

米国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う給付金の支払いは迅速に行われていますが、緊急事態宣言解除がなされても本邦での新型コロナウイルス感染拡大に伴う給付金の支払いは遅々として進んでいませんでした。

銀行口座とのひも付きのあるSSNとそうでないマイナンバーの違いがこんなところで現れています。

マイナンバー制度の下で守らなければならない私益とはなんでしょう?

下衆の勘繰りをすれば、所得を誤魔化している人、生活保護不正受給している人にとって銀行口座に結び付いたマイナンバー制度が導入されることは不都合なものです。しかし、そのような人々のための私益の議論は俎上に乗せるべきではないです。

守るべき私益とは、個人情報の保護です。そのためには
  • 個人情報は限定された政府機関でしかアクセスできないようにする
  • 目的外利用は刑事罰の対象となる。懲役を伴うような厳罰に処するぐらいで良いと考えます。

コロナ禍の下、大事なことは、ばらまきではなく助けを求めている人々(生活困窮者)をタイムリーに助けられることです。我々は権利(私益)には敏感ですが、義務(公益)への意識が低いです。今こそ義務(公益)に対する意識改革が必要であると考えます。

コロナ禍の今、私益と公益について考える(その1)もご一読ください。

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