月刊「国際税務」7月号に拙稿「日本企業の持続的な成長と企業価値の向上のための税務(連載2)」が掲載されました。

クリックすると当該記事が読めます。

国際税務に関する啓蒙記事の執筆を出版社から依頼されました。今回は、連結実効税率を下げる術という観点から記事を書いています。連結実効税率を下げるとROEは上がります。つまり、連結実効税率を下げることは日本企業の持続的な成長と企業価値の向上に資するものであると考えています。

ご一読下さい。

月刊「国際税務」6月号に拙稿「日本企業の持続的な成長と企業価値の向上のための税務」が掲載されました。

クリックすると当該記事が読めます。

国際税務に関する啓蒙記事の執筆を出版社から依頼されました。私は何を啓蒙するかを考えました。その結果、ROE、実効税率、税務戦略をキーワードにしながら税務が日本企業の持続的な成長と企業価値の向上に資するものであることが啓蒙することと考えました。

ご一読下さい。

憲法を考える!

| コメント(1)

このゴールデンウィークに友人から紹介のあった『憲法改正の真実』(樋口陽一・小林節共著、集英社新書、2016年3月発行)を読みました。"改憲派の重鎮と護憲派の泰斗による改憲議論の決定版"との本のキャッチコピーから想像すると、なにがなんでも憲法改正と憲法改正絶対反対の対決の議論と想像しましたが、そうではなかったです。

改憲派と言われる小林節氏は憲法の不備な部分は正式な手続を経て改正すべき、護憲派といわれる樋口陽一氏は憲法の改正なしに実質的に憲法の内容を変える今の風潮に異議を唱えています。

憲法第9条に不備があるなら、何処が不備であるかをもっと分かりやすく憲法学者と呼ばれる人々は説明すべきです。

憲法第9条を引用します。

  • 第9条第1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  • 第9条第2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

平和主義を維持するという観点から、第1項に関して小林氏、樋口氏に意見の相違はありません。つまり、第1項は変える必要がないです。次に第2項に関しては意見の別れるところです。第2項の文言から個別的自衛権は保持していると読み取れるという内閣法制局の解釈は正しいから、現時点で第2項を変える必要がないが樋口氏の意見です。それに対して、第2項の文言は曖昧だから、個別的自衛権の保持を明記すべきが小林氏の意見です。ですから、自衛隊は両者とも合憲と考えています。

両者に共通するポイントは立憲主義の危機です。樋口氏のコメントを引用します。「立憲主義とは、政治はあらかじめ定められた憲法の枠のなかで行わなければならないというものである。さまざまな法のなかでも憲法は、ほかの法がつくられる際の原則や手続きなどを定める点で、法のなかの法という性格をもつ(最高法規性)。国家権力は憲法によって権限をさずけられ、国家権力の行使は憲法により制限される。この憲法を作ったからには永久に不変という硬直したものでもない。憲法第96条で改正手続きを定め、国会の両院で3分の2の議員が賛同するまで議論を尽くしてから国民に提起する、そして国民投票で国民が決めたらそれに従うことです。」

現在の風潮に対して、樋口氏は、知の遺産を前にした謙虚さと、他者との関係でみずからを律する品性と、時の経過と経験による成熟がもたらす価値が大事であると言っています。残念ながら与党の政治家、野党の政治家共に謙虚さ、品性、成熟度に欠けています。今は、憲法まで政争の具にしています。与党は何が何でも憲法改正を叫び、野党は、憲法改正絶対反対で、冷静な議論が行われていません。

政党や政治家の意見に従って改憲、護憲を叫ぶのは間違いと思いました。我々自身、立憲主義とは何かをもっと理解すべきと思います。

三田評論4月号にフランスの歴史人口学者、家族人類学者であるエマニュエル・トッド氏の講演録「宗教的危機とは何か」が載っていました。

トッド氏が示唆する宗教的危機を理解することはかなり難しいです。〝宗教的危機″と言うと、信者の数が減少していくことと考えます。確かにトッド氏によると、フランスのキリスト教徒は激減しています。その意味では、フランスは〝宗教的危機″に陥っています。

しかし、トッド氏は〝宗教的危機″をもっと広範囲のことと捉えています。フランスの高い失業率が問題を複雑にしています。特に若者の失業率は25%を超える勢いで、政治がこの事の有効な解決策を提供していないことが25%の若者の不満を募らせます。不遇な状態にいる若者にとってイスラムの世界は、魅力的と映るのかしれません。しかし、不遇でない多くのフランス人にとってイスラムは忌むべきもの、排除するべきものと映るでしょう。ここにイスラム教に対する必要以上の拒否反応が現れ始めています。これもひとつの〝宗教的危機″です。今のフランスは複合的な〝宗教的危機″に瀕しているとトッド氏は考えているようです。

トッド氏の「宗教的危機とは何か」を読んで、私見ですが、IS掃討を目的とした空爆より、若者の失業率改善の経済政策の方がテロ対策としては有効なような気がします。

小説「天下人の茶」を読んで

| コメント(0)

ブログ記事の番外編として、杜 祐祠さんの最近の京都旅行のコラム記事(3回)を掲載しました。今回は、杜さんから時代小説「天下人の茶」(著:伊東潤)の書評が届きましたのでシェアーさせてもらいます。

*****

書評「天下人の茶」を書く契機となったのは、今回の旅で大徳寺が千利休の切腹に大きく関わっていることを知ったからでした。帰京して、友人から勧められた小説「天下人の茶」(著:伊東潤)を読んだら、奇しくも、知りたいと思っていた千利休切腹の真相に近づくことが出来ました。

「天下人の茶」は、1582年の"本能寺の変"から1598年に豊臣秀吉が62歳の生涯を終えるまでを時代背景にして書かれています。それから、この小説で欠くことが出来ない人物、千利休が秀吉の命により切腹した年は1591年でした。この小説は、1598年に豊臣秀吉が62歳の生涯を終えるまで続きます。この小説では、千利休の生死は重要ではありません。死んでも千利休は、傀儡師(くぐつし=黒幕)として大きな存在になっています。

千利休の弟子でもある武将、牧村兵部(まきむらひょうぶ)、瀬田掃部(さたかもん)、古田織部(ふるたおりべ)、細川忠興(ほそかわただおき)それぞれ各人の茶の湯への関わり方を綴ったものです。

この小説の面白いところは、各武将の話を通して武将ではなく秀吉の人となり、千利休の人となりが鮮明に写しだされてくることです。その描写の中から、何故、秀吉は千利休に切腹を命じたのかという重要なテーマの答えを著者は出しています。

出版社のキャッチ・コピーを引用します。

【現世の天下人となった秀吉、茶の湯によって人々の心の内を支配した千利休。
果たして勝者はどちらなのか。そして、利休の死の真相は。
細川忠興、牧村兵部、古田織部、瀬田掃部ら、千利休を継ぐ弟子たちを通し、二人の相克と天下人の内奥が鮮やかに浮かび上がる。
今もっとも勢いある作家が写しだす、戦国を生きる人間たちの覚悟と懊悩、その美しさ。卓抜したストーリーテーリングで読ませる傑作長編!】

このキャッチ・コピーは良く出来ています。

文責:杜 祐祠

最近のコメント

アーカイブ

Powered by Movable Type 6.0.3