神戸在住の友人から「海外移住と文化の交流センター(旧:国立海外移民収容所)」でボランティア活動をしているとの連絡があったので、先日、「海外移住と文化の交流センター」に行き、ブラジル移民についていろいろ話を聞きました。彼から当時の国立海外移民収容所の様子を知るには、石川達三の小説「蒼氓(そうぼう)」がお勧めであると聞いたので早速「海外移住と文化の交流センター」で購入しました。
石川達三は1930年3月の移民船運航の時、移民輸送助監督となり、神戸からブラジルまでの移動、ブラジルでの移民体験をして同年6月末に帰国しています。「蒼氓」は国立海外移民収容所を舞台に移民船の出航まで1週間の滞在期間に起きる移民する人々の心の葛藤を描いた小説です。蒼氓に登場する人々は、おそらくは尋常小学校を卒業したかどうかも怪しいほど貧しい農民ばかりです。貧しさ故の無知さに付け込まれ、遠い外国に棄てられるように旅立たつことが暗示されています。特に、偽装結婚までして移民に応募した姉弟の話は、その時代の家族の心情を切々と読者に訴えてきます。
何故、偽装結婚をする必要があるのかは移民の応募条件にあります。移民の応募条件は「12歳以上45歳以下のもの」と「1組の夫婦を中心とした親族系統を有する3人以上10人以下の家族形態であること」の二つでした。移民は貧しい者が貧しさから脱却するチャンス(夢)を与えてくれます。そのためには応募条件に合う集団を作る必要があり、偽装結婚もその手段のひとつだったのです。
神戸は六甲山を背にして大阪湾に臨む幅2キロの狭い地形の街です。国立海外移民収容所は山側にあります。そこから移民船が出港する突堤までは下り坂の一本道です。その道を港まで歩いて乗船した人々の心情を推測すると万感に迫るものがあります。
わずか100年も経過しない間に大きく日本は変わりました。今、こんな形で移民する日本人はいません。人減らしのために移民を国家が必要とする時代があったことを我々はなかなか想像できないです。このような急激な変化を「蒼氓」を通して知ると、100年後の日本の未来を想像することが少し怖くなりました。でも、想像することを躊躇してはいけないと思います。考えることで必ず智慧が生まれてきます。