京西清談は、私が東京の世田谷に住んでいるからと、気持ちが癒される、あるいは、”ほっ”とする話題を提供したいからです。
 
歌手エルトン・ジョンのアルバム「黄昏のレンガ路」から想うこと

歌手エルトン・ジョンのアルバム「黄昏のレンガ路」から想うこと


 

2024年5月5日のNIKKEI“The Style”のコラム「名作コンシェルジュ」でエルトン・ジョン「黄昏のレンガ路」が取り上げられていました。その記事を引用させてもらいます。

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ビートルズが解散した1970年、英国に新たな人気者が現れた。「僕の歌は君の歌」をヒットさせたエルトン・ジョンだ。彼は「クロコダイルロック」、「ダニエル」とヒットを連発し、スターダムにのし上がる。特大のサングラスをかけ、派手な衣装をまとい、激しいアクションを交えてピアノの弾き語りをする姿は、同じ頃に台頭したグラムロッカーやシンガーソングライターたちとは趣を異にしていた。

伝記映画「ロケットマン」や著書「Meエルトン・ジョン自伝」によれば、彼は自分の容姿に劣等感を抱いていた。同性愛にも悩んでいた。派手な衣装もサングラスもアクションもさえない男と自覚するレジナルド・ドワイト青年が「エルトン・ジョン」という芸名のポップスターに変身するために必要な道具であり手段だったのだろう。

彼のステージはとても楽しいが、音楽は決して底抜けに明るいわけではない。悲しみや怒り、時には深い闇まで垣間見える。そんなエルトン・ジョンが最高潮の時期に出したアルバムが本作「黄昏のレンガ路」だ。次から次へと曲が出てできたためLP二枚組にしたという。

プログレッシブロック風の「葬送」で始まり、 97年に故ダイアナ妃を追悼してリメイクする「嵐の中の火のように」、エルトン流のR&Dとも言える「ベニーとジェッツ」、ローリング・ストーン風のロックンロール「土曜の夜は僕の生きがい」、さらにカントリー調、レゲエ調と実に多彩だ。

エルトン(1947年生まれ)は若き日にバーニー・トービン(1950年生まれ)という優れた作詞家と運命的な出会いを果たした。エルトンの恋愛対象は男性だが、トービンは異性愛者だ。伝記映画にはエルトンの求愛をトービンがやんわりと断るシーンがある。2人は仕事上のパートナーとして長く共同作業を続けるのである。本作もすべてトービンの詩に曲をつけている。

エルトンの独創的で甘美なメロディーに、トービンの詩が深い陰影を与える。例えば表題曲「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」に出てくる詩は成功に浮かれ、疲れ、ドラッグに溺れていくエルトンを諫めているようにも思える。

もうすぐ次のアルバムが出るからという理由でシングルカットされなかった隠れた名曲がある。本作のラストに収録された「ハーモニー」だ。恋人に語りかけるラブソングとして聞くのが自然かもしれないが昔のように純粋な思いで一緒に歌を作ろうよと訴えるトービンのメッセージのようにも聞こえる。そんな思いを知ってか知らずか、エルトンは世にも美しいメロディーをつけて朗々と歌い上げるのである。(吉田俊宏)

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2019年に映画「ロケットマン」が公開された時、鑑賞しました。その時の感想はエルトン・ジョンの私生活のスキャンダラスな部分が強調されているようで、ちょっと腰が引けました。NIKKEIの記事を読んでからプライムビデオで配信されている「ロケットマン」を再度鑑賞しましたら、違う印象をもちました。今回は純粋に彼の音楽を楽しめました。エルトン・ジョンには音楽の神様がついているのだとの印象を強く持ちました。

エルトン・ジョンの「僕の歌は君の歌」,「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」、「悲しみのバラード(Sorry seems to be the hardest word)」は大ヒットした曲です。私は「悲しみのバラード」が特に好きです。エルトン・ジョンが歌う「悲しみのバラード」のURLを添付します。

https://youtu.be/yYTOhFpiBDI?si=brtjqh4gDkEX_63p

 

 

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